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あの時掴んだ手を離したくないと思った。
だから彼のことで泣くのはもう最後だと決めた。
しかし忘れようと決めた途端に、気持ちが大きくなっているのも事実だった。
足は自然とあの場所に向かう。
先日供えた花は暑さに干からびて、既にその花びらを散らせている。
あの時と同じ場所に立っても、今は何も感じない・・・。
決して律を忘れた訳ではないけれど、今はそれほど焦がれては居ない。
あの海の夜が凪だと思ったけれど、きっと違うのだろう。
今の方がよほど、凪いでいる。
「姐姐…どうした、か?」
突然かけられた言葉に振り返ると、ホウリンさんが立っていた。
一言二言言葉を交わすと、不意に私の手を握り涙を零す。
泣きながら言う耳慣れない言語は、要領を得ない。
「……姐姐、幸せに……なって なきゃ、駄目。
祈り気持ち、…縛るは望まない 思ってる デスよ?」
彼女は懸命に選んだ言葉を、必死に伝えようとしている。
恐らく彼女はその瞳で、律を視たのだ。
「きっと、……呼んだは、彼。…ワタシの力 一番働く…此処に…
あの夜の…想いを…、今の……想いを………視ました…デス」
彼女は、律があの夜倒れた場所へ近づき、そっと地面をなでる。
海風が、冷たく通り過ぎた。
「それで・・・律は、なんて・・・」
律の今の想い。それは既に判っている。
けれど訊かない訳には行かなくて。問う声が、掠れる。
「……『幸せに、僕に縛られず 自由に生きて』……」
彼女のすぐ後ろに、居る。確かに、律が・・・。
「…姐姐、……律は…姐姐が悲しみ 囚われてるが悲しい 云ってる」
一息ついて、彼女が口を開く。
お願い・・・それ以上は・・・。
「…『忘れても良いから』…」
同時に、律の気配が消えていくのを感じた。
待って。行かないで・・・置いて、逝かないで・・・。
私は、貴方なしで、どうやって立てば良いの・・・。
私が貴方を追って伸ばした腕で別の人を掴んでしまったから、そんな哀しい事を言うの。
「姐姐……霊になった人…望むは、残…る人の幸せ
枷は望まない ヨ」
ホウリンさんの口から紡がれる言葉は、素直に私の中に入って来る。
徐々に落ち着いていく思考。漸く私は、私に向き直る。
判っていた・・・。
律ならば、きっとそう言うだろうという事は。
解っている・・・。
私の気持ちは、既に彼へ向かっている事も。
私は、あの時腕を掴まれてからずっと、彼に焦がれていたのだ。
あの時移った焔は密やかに私の胸を焼いて、気付いた時には消せないほどに燃え広がっている。
もう、目を背ける事は出来ない。
今、視界を遮っていた霧は晴れ、見えるのは真っ直ぐな道。
もう迷わない。私は、その答えを受け入れる。