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エンジンを止めて風に乱れた髪をかき上げる。
―――きっとそれは自覚するよりも前から感じていた違和感。
運転席のシートを倒して身体を預ける。
―――考えたところで、今更でしかないのだけれど。
夏の強い日差しが、青い空から降り注いで肌を刺した。
立ち止まってしまった時期の事は良く覚えている。
あの頃旋さんたちは某私立大学の受験勉強に必死で、既に進学先が決まっていた私はそれを見て自分の路について改めて悩んでしまった。
有事の際にすぐ動けるようにとか、寂しがるであろう誰かとの時間のためなどと言い訳をして、音楽など何処でも学べると思っていなかったか。
音楽をきちんと続けるならばそれなりの場所を選ぶべきなのに、安易に進学先を選んでしまったのではないかと。
決めたものを変更するような時間はとうに過ぎていたし、私にはそれを口にする相手もいなかった。
白馬の義父母には世話になりどおしで学費も含めた生活すべてを任せている以上、今更迷っているなどとは言い出しにくく、能力者として付き合っている仲間は気軽に相談するほど近しくもなかった。
一番近くにいる人に愚痴ることも考えたが、受験が終わるまでは集中させてあげたいという気持ちと、無用の心配をかけて愚痴に終わらない予想とが踏みとどまらせた。
急に決まった卒業式の準備の慌しさに気を紛らわせようとしたけれど、一度思い至ってしまった気持ちに少しずつ形が出来て、吐き出せない気持ちが己の中でぐるぐる回りながらどんどん大きくなっていくのを自覚していた。
こんな時相談できないと言うことは、彼を信頼していないのではないか。
その存在を護るべき対象として、対等に見ていないのではないか。
だから無意識にでも、足枷と考えているのではないか。
そもそもそんな風に考えること自体、己に誠意がないのではないか。
たまたま光庭で居合わせた深都貴さんに、辛いのに笑ってるみたいだと言われてはっとした。
私はこの姿を彼に見せてはいないだろうか。でもここ数日会った間にも心配する素振りは見ていない。きっと気づかれてはいない。きっと大丈夫。
私は悩んでなどいないし、辛くもない。誰に寄りかかられても微笑んで抱きとめられるだけの余裕を持っている。
二人きりで部屋で過ごすのもなんだか息が詰まる気がして近くの公園へ行ってはみたものの、会話からは春から始まる新しい生活への不安と寂しさしか読み取れなくなっていて、幸せなのだと言いながら重ねられた手に頷くしか出来なかった。
やはり言えない。これ以上私に心を割かせるような事は言えない。
これ以上邪魔になるようなことを口にすることは出来ない。
己が決めたことにあとから揺らぐなと言った私が、今になって揺らいでいる姿など見せる訳には行かない。
何も言えないならば、言葉を伝えられないならば、この声などに価値はない。
卒業旅行へ向かう旋さんたちを見送った次の朝、目覚めた私の口からは言葉が発せられなくなっていた。