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夕刻に遊ぶ子供も疎らな中、男の子の泣き声が聞こえてきたのです。
気になって向けた視線の先にいたのは、渕埼さんでした。
子供の膝にハンカチを当てる姿が前に見かけたときよりも優しげに見えたが、子供は一向に泣き止まない。
渕埼さんと男の子のそばには木が立っていて、低い枝に風船が引っかかっている。
どうやら男の子はそれを取りたいようなのだが、渕埼さんはそれに気づく様子がなく、泣きやまない子供を宥めるのに必死になっている。
後ろから声をかけ枝を示すと、渕埼さんは危なげなく身軽な動作で登って行った。
「今お兄さんが取ってきてくれますわ・・・
ですから、泣くのはおやめになって・・・」
風船を持って降りて来る頃には男の子はすっかり泣き止み、差し出された風船に嬉しそうに飛びついて笑顔を浮かべた。
その後男の子は迎えに来たお母さんと一緒に、幸せそうに帰って行った。
夕闇の公園。
遊ぶ子供もまばらでひっそりと静まり返ったそこは、少し寂しい空気が流れていた。
お礼にと差し出されたコーヒーを受け取り、ベンチに座って缶の暖かさをかみ締めていると、「……平和、だな」と渕埼さんが呟いた。
「……あの街は今どうなっているだろうかと、考えていた」
少なくとも、外で子供が遊べる状況ではないだろうと、砂場で遊ぶ子供に少し悲しそうな目を向けて言う。
「せめて家の中ででも、元気ならば良いと、思いますわ・・・」
関係のない人は家の中から出ないような結界になっていると、報告書で読んだ。
世界結界に護られている人々には、結界の外のことは知らないでいて欲しい。
それは、律が私に想っていた事と同じこと。
律の遺志は、私が継ぐ。
しかし、渕埼さんの決意を湛えた目を見て、ついて出た言葉に驚いた。
「・・・行くんですか?」
律と同じ目する渕埼さんを見て、不安な気持ちに胸が騒いだ。
渕埼さんは私の動揺に気づかず、今度の制圧作戦の話を続ける。
「――俺は、ラストスタンドに行こうと思っている」
「・・・気をつけて下さいね・・・
如何なる所でも、危険は隣り合わせですから・・・」
有事の際には最後の砦となる位置。
ないと信じてはいるけれど、やはり危険な位置に変わりはない。
渕埼さんは自分の身だけでなく、平穏の中にある人たちまで気にかけている。
「――出遅れた分、これからは己の役目に忠実でありたい。
戦う力があるのなら、それを持たない人たちを護れるように」
同じ言葉でも重さは、まったく違う。
私は律の言葉を受け売りしているだけなのに、彼は・・・。
「・・・強いですわね・・・私は、何かに縋らなければ、歩くこともままなりません
自ら道を選び取るほど、強くないのです」
返す言葉に困っている渕埼さんを見て、余計なことまで話してしまったことに気づく。
律が死んでから他の誰にも心中は話さないように、心配させないようにしてきたのに、何故弱い姿を見せてしまったのだろう。
私はそそくさとベンチから立って、挨拶もそこそこに渕埼さんに背を向ける。
しかし、名前を呼ばれると同時に、腕を掴まれた。
「……帰る場所は、俺たちが護る。
だから……君も、必ず帰ってきてくれ……」
強い視線に射竦められた私の姿を見て、慌てたように手を離す。
すまないと謝る渕埼さんにもう一度別れの挨拶をして、部屋までの道を走った。
駆け込んだ部屋のリビングに座り込む。
叫んでも貴方に声が届かないのなら、その手で壊しに来て欲しい。
私が私をここに縛り付けていられる合間に。
もしまだここに居てあの日の幻影を見せ続けるのなら、早く私を見つけて。
私は、貴方の花。他の誰の為にも開かない。
渕埼さんの掌の感触が、焼け付いたように無くならない。
掴まれた手首から燃え移った炎が、胸の中で燻っているような気がした